猫と馬と草原とゴキブリと私

不思議な出来事があった。

20年以上前の話だ。
当時私はテツという1歳になるオス猫を飼っていた。ハンサムで賢い若い猫だった。
その子を家族に託して、私は10日間ほどの旅行に出かけた。
モンゴルで草原を馬でキャンプしながら移動する旅だった。
それは最終日の2日前だった。私の乗った馬はそれはそれは賢くよく走ってくれる馬だったが、タルバガンと呼ばれるネズミが掘る穴に馬は足を取られて転倒した。馬も私も無事で少し休んだのち再び走っていた。
が、実は私は頭を打っていて、しばらくして記憶が飛んでいることに気が付いた。頭も痛かった。馬から降りて並走して走っていた車に移動し、帰国後病院でMRI他一通り検査した結果以上は特にみられなかった。脳震盪での記憶喪失は一時的なものだった。打った左側の視力はしばらく低下していたが。

そんなことよりも、帰国した私を待っていたのは、猫のテツが急死したという悲報だった。かかりつけの獣医が解剖した結果、おそらく強力な殺虫剤のかかったゴキブリを食べたと思われる、とのことだった。外傷もなく、内蔵も問題なかったので。

それは夏だったので、私が帰国した時には既に火葬された後だった。
問題はテツが死んだ日と時間だ。
どうやら私が馬とともに転倒して頭を打った日の同じ頃だったらしい。
その日の朝は元気なテツが目撃されている。そして午後に倒れたテツが発見されている。

私はあの日、転倒した後、馬で草原を駆けながら、失った記憶に、広い空に、泣いた。
何故自分が草原にいて、馬に乗って走っているのか、自分がどこから来たのか、どこへ行くのか、思い出せないのか、自信がなくなったのか、とにかく不安で不安で。寂しくて。悲しくて。泣いたのだった。

テツも泣いていたのだろうか。

かねのり 三浦によるPixabayからの画像

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